あひるの小屋

日記のようなもの

2004年5月4日

帰ってきました

青森に着いてから、このまままっすぐ家に帰るのはつまらんという社長の希望で、日本海側に出てアテもなく下を走り続け、飽きたころに関越に向かい、六日町で上に乗って帰って来た。
家に着いたのは夜8時くらい。

携帯電話からの日記更新は面倒で、あんまり詳しくは書けなかったので、ここで少し振り返っておこうと思う。

今回の旅行、個人的な目的は「勉強したアイヌ語を使ってみる」ことだった。
それで北海道の中で最もアイヌ色の濃い二風谷を希望したのだ。
さすがにいきなり話しかける勇気などないものだから、著書等でも有名なここの資料館館長の方にお会いできればなーと思っていた。
受付の方に聞いてみたところ「自宅にいると思うので声かけてみましょうか」と言われた。
いやいやそんな申し訳ないこと。たまたまいらっしゃればいいなーと思ってただけです。
とかなんとか言って遠慮してしまった。すでに緊張しまくり^^
次に、講座の講師だった方のお店へ行ってみるが留守だった。残念。
博物館内の係員にアイヌ語で話しかけてみよっかなーとも思ったが、そんな人、他にいやしない。ちゅーわけでこれも断念。
まー次の機会に持ち越しってことで、もちっと勉強しておこう…。

そゆわけで、二風谷観光が思いのほか早く終わってしまい時間が余ったので、社長の希望で「タウシュベツ川橋梁」を見に糠平湖へ行った。
旧国鉄士幌線が通っていたアーチ橋。ダム建設のために湖底に沈んだが、湖水が氷結する冬には姿を現し、6月くらいからまた沈んでしまうというものなのだ。
この季節ならまだ見られるに違いない、ということで行ってみた。
道の両脇にはまだ雪が残り、雪解け水で道はドロドロ、そこまで行くのが大変だった。
しかし、実際に見るとなんとも言えない感動が…。写真では何度か見たことがあったんだけど。
凍ったり解けたり出たり沈んだりを繰り返しているためか、ボロボロだった。
今回の旅行で一番印象に残ったのは…このタウシュベツ川橋梁だったな。

帰りのフェリー、乗れるという安心感でのんきに食事したりしていたため、乗り込むのが最後の方になってしまった。
すでに二等船室は満員。座るところすらなかった。
しかたなくロビーのイスに座って寝ることに。4時間弱とはいえ、これがしんどかった。
足腰は痛くなるし、おまけに寒い。社長はこれでカゼをひいてしまったっぽい。
フェリーは何度も乗っているのになぁ。しくった。

3日からの雨は本当にすごかった。風も強かったし。
社長が「雨女がこれだけワクワクしてるんだから当たり前だ」と言っていた。
確かに私は雨女だ。自覚してる。でもこれは不可抗力なんだ。
連休を雨でだいなしにされた方たち、だからどうか責めないでください…。

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